「天皇陵古墳を考える」 [目次]

 

箸墓古墳と大市墓 (白石太一郎) 
  箸墓古墳の名称について/箸墓古墳の概要/箸墓古墳の造営時期/箸墓古墳の歴年代
 箸墓古墳の造営にかかわる伝承/箸墓古墳の被葬者は誰か/箸墓古墳出現の意味するもの/
おわりに

西殿塚古墳が提起する問題 (今尾文昭)
  はじめに/山辺・磯城古墳群の大型前方後円墳と中小形前方後円墳/西山塚古墳の存在と課題について
 西殿塚古墳の編年/墳頂部儀礼の確立/「記紀」にみる山辺・磯城古墳群

  王統譜の成立とタシラカ王女墓/今城塚古墳の存在とその前後/おわりに

誉田御廟山古墳(現応神陵)の被葬者 (白石太一郎)
  はじめに誉田御廟山古墳の概要/誉田御廟山古墳の造営年代/誉田御廟山古墳と誉田八幡宮
  誉田御廟山古墳の被葬者/誉田御廟山古墳応神陵説の提起する問題/おわりに

継体天皇陵と今城塚古墳 (森田克行)
  はじめに/地震・葺石・排水溝/たくさんの埴輪/継体天皇陵論/摂津の本来の意味/仁徳大王の淀川政策
  五世紀の淀川・木津川水運と外航船/古代における三島の位置づけ三島古墳群の展開と今城塚古墳の造営
  継体大王の淀川ニュ−ディ−ル/継体王権における対外政策にかかわる布陣/
  今城塚古墳の埴輪祭祀場の読み解き
/匍匐儀礼

欽明陵と敏達陵を考える (高橋照彦)
  はじめに―欽明天皇と敏達天皇/二つの論点と歴史学的研究手法/欽明陵の候補地、五条野丸山古墳
  欽明陵のもう一つの候補地、平田梅山古墳/被葬者論に関する研究史
  欽明陵の所在地を読み解く
(1)檜隈はどこか/欽明陵の所在地を読み解く(2)坂合はどこか
  敏達天皇はどの古墳か/墳丘規模による石姫墓の検証/敏達陵をめぐる謎/『日本書紀』にみえる檜隈陵
 『日本書紀』の檜隈陵と平田梅山古墳/『延喜式』にみえる檜隈陵

  『延喜式』の檜隈陵は五条野丸山古墳なのか/檜隈陵=平田梅山古墳の被葬者の絞り込み
  平田梅山古墳の本来の被葬者は敏達天皇か/おわりに

天武・持統陵(野口王墓古墳)の意義 (今尾文昭)
  はじめに/位置/天武陵の造営と持統天皇の追葬/近世における天武・持統の比定
 『阿不幾乃山陵記』の発見/
内部施設/変換点の終末期古墳/八角墳の採用/おわりに